1)家系調査のきっかけ ― 母と里杏(りきょう)さん ―

1.母の話と里杏(りきょう)さん

私は、生まれたときから京都に住んでいます。そして、私の父も母も、その父も母も、その前も京都に住んでいました。母はよく、「うちは明治になるもっと前から京都にいるのんえ。」と話してくれました。

私の実家は小さな町家で、家の中には古い家具が並んでいました。私が座っていた場所のすぐ横には小さなたんすがあったのですが
「これいつからあるのん?」と
母に聞くと
「あんたの大祖父さんの大祖父さんの頃かなぁ」と
さらっと言ったものでした。
  
高校くらいになってそのたんすの引き出しを見た時、その中に黒い表紙の分厚い古書をみつけました。見るとそれは明和年間に発行された算術の本でした。明和といえば今から250年ほど前です。「大祖父さんの大祖父さんの頃」を、初めて実感できたのがこの時でした。

また、私は小さい頃から母にご先祖さんのことをよく聞かされていました。もともと京都にいた先祖の話から順番に母はまるで昨日のことのように話を続けました。

はっきり言って同じような話が何度も繰り返されたのでうんざりすることも多かったです。しかしそれと同時に、百何十年も前のご先祖さんが母の中では生きていることがとても興味深く思われました。

そして家系調査をする大きなきっかけとなった人物がいました。それは「里杏(りきょう)さん」という人です。私の祖父の大祖父さんにあたる人ですが、母はこの人の話が大好きでした。

「5代前の人は里杏(りきょう)さんて言う人で名古屋から来やはったん。火事に遭わはって京都に来て、御所のお医者さんにならはったんえ。」
私は母の話に何度もでてくるこの「里杏さん」という人に興味を持ちました。母の言う「里杏さん」は祖父や大祖父さんと比べても、とても変わったイメージを抱かせる人だったのです。そして後になって親戚の多くの人がこの人を知っていたことがわかり、ますますこの人のことが知りたいと思うようになりました。その後それをきっかけとして、しばらくは調査をすすめることになっていきました。


2.調査の中断と再開

しかし就職をするころになると自然と時間もなくなり、ある程度進んだところで作業を中断してしまいました。まあそれ以上調べても、もう新しいことは出てくることはないだろうと自分で一旦完結させてしまったわけです。

それからは仕事や結婚、親の介護で調べる間もなかったわけですが、2003年に母が、そして2006年に父が亡くなり親戚の人たちとも顔を合わせ、ご先祖さんの話をする機会も増えるにつれ、また私の興味に火がついたのです。

それにお仏壇の中に父と母が入り、両親もご先祖さんの仲間入りをしました。感謝の意味においてもやはりご先祖さんの記録は残しておきたい、と思うようになったのです。

父の百か日に、わが家の家系図とそれぞれの家の簡略な家系図、またご先祖さんのエピソードを書いたものを配布しましたが大変喜んでいただけました。調べたり書いたりするのにかなりしんどい思いをしましたが、今までしたことのない深い話もでき、本当にやってよかったと思いました。

家系図やエピソードは一つの家だけで持っていると、なくなってしまった時に復元はできませんが、親戚がそれぞれ持っていればデータの復元はそれだけ容易になります。そのためにも配布は必要なことだと思いました。

これ以降のページでは家系調査の順序と内容について書いていきたいと思います。

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